昭和44年12月09日 夜の御理解(若先生)



 北九州の青年教師会の幹事会が博多教会で行われたのですけれども、その席で、こう言うことを懇談の中で仰る。津村先生という方、博多教会の若先生。先日から、久原教会、だったですね、まる少の年少幹部の講習会が行われた。その時合楽から、五名ほど参加していたらしい。そして、反省会で作文が書かなければいけん。
 その作文の中にこういう事を書いておるらしんです。まあ、この、講習会は大変意義があったし、為になったけれども、朝の御祈念が頂けなかったことが非常に淋しかったて、その五人とも書いていたらしい。それがその先生達の間で話題になりましてね、こういう少年少女部会にこういうことを書く人がおると。どこの教会と思いますかというて、話題になったらしいんです。で、
 合楽教会の会員達五名ということが分かって皆の先生達がさすが合楽、合楽と言われるだけ、違う、親先生の教導方針が本当にあのこの一事だけでも伺われるなというて皆の評判になったと言うことを、私に聞かせて下さるのですね。津村先生。それ聞いて、まあ、(?)嬉しかったですね。やはり。鼻が高々しくなったんですけれども、例えば、そういうことが特にあのほかの事でも言える。
 最近は合楽に対してものすごくこう、周囲の教会の先生方が意識をしておられると。注目しておられると言う様な事を言っておられたし、そういう意味合いで例えばあの、教会に見せるためではなくて、人に認めてもらうためじゃないのですけれども、例えばそういう事で例えば合楽教会の素晴らしさが理解して頂き、親先生の信心が理解して頂けれるならば、矢張りそこの所に努めなければならないと思うのです。
 まあ少年少女会の人がまあ、その事を、書いておったその事だけで合楽教会がいっぺんでなんというですか認めてもらったというですか。さすがに合楽だと言うものを与えて来たという事なんだ。私達は日常茶飯事においてでも合楽で信心しておりますというレッテルが本当に貼れるだろうか。私は、例えば私自身金光教の教師でございますというレッテルが張れれるだろうか。という事を思いました。
 最近PR時代といいますけれども、本当にいいものだったらPRしてもおかしくないのですけれども、品物が悪いのにPRしてますと、かえってあか汗をかかなければならないような事になってくるです。そういう意味合いでお互いもっと自重し、また内容のある私達でありたい、私達信心でありたいなと思わせて頂きました。親先生の留守を預かりまして、今晩また明日とお互い、気を引き締めて御用に当たりたいと思います。 
   どうぞ。